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大阪高等裁判所 昭和36年(ラ)223号 決定 1963年5月22日

抗告人(仮処分債権者) 今井康夫

主文

本件抗告を却下する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告人は原決定の取り消しを求め、その理由として主張するところは別紙記載のとおりであり、疎明として、検乙第一乃至第四号証(いずれも昭和三六年八月一七日に今井康夫が撮影した写真四枚)、疎第二乃至第四号証並びに検疎第五乃至第一六号証(いずれも写真)を提出した。

当裁判所の判断。

一般に仮処分命令は将来本案訴訟において確定せられるべき権利又は法律関係を現在において保全するために仮になされる緊急の処置にすぎないものであつて、仮処分命令の執行として実現せられる事実上若しくは法律関係上の状態は本来あくまで仮設的応急措置たる性質を有するものであるし、仮処分として相当といいうべきものであるためには右のような緊急措置と認められる範囲に止まるものである筈である。もとよりこのような仮処分の執行に対しても訴訟法が本来は強制執行につきその不当な場合の救済方法として認めている各種の異議(第五四四条に定める執行方法に関する異議、第五四五条に定める請求に関する異議、第五四九条に定める第三者の異議等)を主張してその執行を排除することを拒否すべき理由はなく、従つて右異議に伴なう各種仮の処分(第五二二条第二項若しくは第五四七条によるもの)を一切許さないものとすることを得ないけれども右第五四七条や第五二二条第二項によつて異議に伴ない執行停止等仮の処分をなし得べきことが認められる根拠は、確定判決や仮執行宣言付判決が異議によつて将来、その内容たる実体上の権利若しくは法律関係の爾後の変動の故に、又は内容たる権利関係等に変動はないとしても執行手続に関する瑕疵や要件の欠缺に基き、その債務名義としての執行力を失うに至るべき可能性が実在するに至つたにも拘らず、強制執行の実施によつて判決の内容が即時に終局的に現実化せられこれによつて債務者に対して債うことのできない損害を生ぜしめる結果に帰してはならないという配慮に基いて債務者のため一時的な応急措置を構ずることを得る制度を設けるにあるのであるから、前記のようにその本来の性質として権利の保全のみのための仮設的応急措置にすぎず何等権利を終局的に実現することを内容とするものでない仮処分の執行については、権利の終局的実現を阻止するための一時的応急措置たる前記仮の処分をなすべき必要は始めから存しないものとも解せられる。しかしながら若し当該仮処分の執行が第三者の異議等訴訟法所定の執行に関する異議を申立てている者に対し現に回復することの不能若しくは著しく困難な損害を与え右執行を維持したのでは将来異議を認容せられても実質上無意義に終はると認められるような特殊な場合には当該仮処分の種類態様及び被保全権利の金銭的補償の能否並びに異議理由の疎明の程度等当事者双方の側の事情を総合考察して異議申立人のために一時的の応急措置を構ずるのが相当と認められることを要件として異議に伴なう仮の処分を許すべきものと解する。かくして発せられた仮の処分の命令に対しては仮処分権利者は独立して不服の申立をすることを許るされないのを原則とすると解するのが相当である。蓋し仮の処分は異議等の付随的処分としてその存続の当否は当該異議に付裁判をなす執行裁判所をして審理の状況に応じ合目的々に判定せしめるのが制度の趣旨に適するものと認められるし、その応急的な仮の措置たる性質にも合致するからである。しかしながらこの場合にも執行裁判所が仮処分命令の執行につき停止若しくは執行処分の取消等の仮の処分をなし得べき場合の要件の存否の判断を著しく誤まりその仮の処分が維持されるならば明らかに権利保全を目的とする仮処分制度の趣旨を無意味に帰せしめるものと認められるような特段の事情が存するときには例外として仮処分権利者は即時抗告を以つて当該仮の処分の取消若しくは仮の処分の具体的態様の変更を求め得るものと解するのが公平の原則に合致する所以である。

そして本件記録によれば、

抗告人は原決定添付の目録記載の土地(以下本件土地と略称する)並びに右地上所在家屋番号五八番の五木造瓦葺二階建居宅一棟建坪一三坪七合五勺、二階坪六坪二合五勺、付属木造亜鉛鋼板葺平家建物置一棟建坪一坪三合に対する所有権を主張し、上記不動産に関する登記抹消、妨害排除等請求保全のため債務者を富士商事株式会社として神戸地方裁判所に仮処分の申請をなし右申請に基く昭和三六年(ヨ)第二九九号事件につき同裁判所は抗告人に金二〇万円の保証を立てさせて同年六月二三日、本件土地及び前記家屋に対する右債務者の占有を解除して執行吏に保管を命じ、債務者の右土地家屋の処分並びに本件土地における立木伐採土地開拓その他現状変更禁止を命ずる仮処分命令を発し抗告人は同年六月三〇日に右仮処分の執行をしたところ、梶田秀夫は本件土地の所有権を主張して右仮処分執行の排除を求めるため同裁判所に第三者の異議の訴を提起し、これに伴ない右異議につき判決をするに至るまでの間の仮の処分として本件土地に対する右仮処分命令の執行を取消すべきことを申立てた。同裁判所は梶田秀夫がその主張の異議理由の疎明方法として提出した、神戸電気鉄道株式会社事業部長倉光幸次郎作成の疎明書、住宅金融公庫大阪支部長名義右神戸電鉄宛昭和三六年三月三一日「昭和三六年度分譲住宅等貸付業務の取扱及び建設戸数の割当内示について」と題する書面、宇野貞三作成の疎明書、昭和三六年七月二八日撮影の本件土地及びその付近における宅地造成工事の状況の写真六枚、本件土地及びその付近一帯の宅地造成工事の既着手区域とその予定区域を彩色表示した図面、本件土地の登記簿謄本、抗告人作成名義の昭和二八年一二月九日付本件上地建物を代金八三万円で売り渡した旨の証明書、抗告人の父今井三五郎の証人尋問調書の認証謄本、原告梶田秀夫被告富士商事株式会社間の神戸地方裁判所昭和二九年(ワ)第五〇号、本件土地家屋の所有権移転登記抹消等請求事件の原告勝訴の判決正本、右判決に対する控訴審において昭和三六年六月九日に成立した裁判上の和解調書の正本、原告富士商事株式会社被告梶田秀夫間の同裁判所昭和二九年(ワ)第六一号仮処分に対する第三者の異議申立事件の原告敗訴の判決正本、並びに宇野貞三作成の昭和三六年七月二四日付の疎明書を総合斟酌した結果、梶田秀夫が本件仮処分命令の執行に対する前記第三者異議の訴に付請求原因として主張する本件土地家屋に対する同人の所有権に関し、右土地家屋は元抗告人の所有であつたが梶田秀夫が昭和二六年四月二八日これを買い受けて所有権を取得しその登記のため今井康夫名義の白紙委任状、印鑑証明書等必要書類一切の交付を受け先ず所有権移転請求権保全の仮登記を経たこと、昭和三六年一月頃に至り神戸電鉄が本件土地に隣接する神戸市兵庫区山田町小部字一鍬山一帯において宅地造成分譲住宅建設事業を計画したが、本件土地も右計画にかかる造成宅地地域内に取り入れて経営することを希望した神戸電鉄の申出によつて梶田秀夫も本件土地を提供して神戸電鉄の右事業に協力することにしたこと、元来本件土地及びその付近一帯の地区は山の急斜面であつて植林等に適しない地味地形であつて斜面を掘り崩しその土をもつて低部を埋めて宅地を造成するのが最も適当有利な土地の利用方法と認められる地域であること、同年四月以来ブルドーザー工業株式会社に請負わせて宅地造成工事に着手し、約四ケ月間に亘り工事は予定通り進捗し本件土地にまで工事を拡げようとした際に本件仮処分の執行を受けたのであるが付近の地形上本件土地上の積土、整地及び本件土地周囲の擁壁築造の工事の手順を踏まなくては前記宅地造成事業全体の遂行が技術上不可能に帰すること、前記ブルドーザー工業株式会社は同社の全能力を投入して右請負工事の実施を行つており平均一日の稼働収益は約一〇〇万円以上にも達する状況であるから本件仮処分の執行により作業が中止せられることになれば重大な損失を蒙り結局その損失は梶田秀夫及び神戸電鉄の負担に帰すること、従前の作業の結果として既に山腹斜面の土砂約数十万立方米が切り崩されていて、これらの土砂は前記のように工事の一過程としてこれを本件土地の地域に積土せらるべきものであるが本件仮処分執行の結果本件土地の近くに投入堆積されたままの状態に放置されており、一度豪雨に遭えば泥土と化して急斜面を一挙に流下し山麓附近の人命財産に甚大な損害を与える虞があること、並びに前記宅地造成計画の完遂によつて却つて本件土地の価格も一躍十数倍に騰貴することが予測せられるから右工事の続行は客観的に経済上有利であること等の事実を一応認定し、以上の事実を総合して本件仮処分の執行を維持することにより保全せられるべき仮処分債権者今井康夫の利益とこれにより将来前記第三者異議の訴において勝訴した場合に異議申立人梶田秀夫に生ずることあるべき不利益とその範囲程度とその回復の能否及び難易並びに本件仮処分の執行を取消すことにより将来その本案訴訟に勝訴したる仮処分債権者今井康夫の蒙るべき損害の範囲とその填補の能否及び難易並びに右取消により維持せられるべき右異議申立人の利益の性質と程度を考量した結果異議の訴に伴なう仮の処分として本件仮処分の執行を取り消すのを相当とするものと認めて原決定を発したものであることが明らかであり、原決定の右判断は前記疎明資料によつて肯認できるところである。そして右執行取消を維持することが仮処分債権者に権利保全の途を閉ざすに帰し著しく不当なることが明らかと認められる特段の事情が存しない限り前記の仮の処分に対してはもはや不服申立を許さないこと前記説明のとおりであるが抗告人の全疎明をもつてしてもそのような特段の事情が存することを認めることを得ない。したがつて本件抗告は結局不適法として却下すべきものであるから抗告費用の負担に付民訴法第八九条を適用し主文のとおり決定する。

(裁判官 山崎寅之助 山内敏彦 日野達蔵)

別紙

抗告の趣旨

一、原仮処分執行取消決定を取消す

一、神戸地方裁判所昭和三六年(ヨ)第二九五号仮処分命令を容認する

一、訴訟費用は被申立人の負担とする

との御裁判を求めます

抗告の理由たる事実関係

第一、被申立人梶田秀夫は申立人今井康夫の為したる神戸地方裁判所昭和三六年(ヨ)第二九九号仮処分決定に基き昭和三六年六月三十日神戸市兵庫区山田町小部南山弐番の三、山林壱町七反九畝七歩同所弐番の参拾参山林弐畝歩に対して執行を為したる処、右被申立人梶田秀夫は第三者異議の訴を提起すると同時に右仮処分の取消を要求したので御庁昭和三六年(モ)第九七九号として書面審理の結果、口頭弁論を経ずして左記主文の如き決定を為し該決定正本は昭和三六年九月弐日に送達を受けたので右仮処分債権者は全部不服なる為め茲に民事訴訟法第五五八条によりて即時抗告の申立を為す

主文の表示

被申立人が富士商事株式会社に対する神戸地方裁判所昭和三六年(ヨ)第二九九号仮処分決定に基き昭和三六年六月三十日別紙目録記載の土地に対し為したる執行中、同決定第一項による富士商事株式会社の占有を解き執行吏保管とした部分は本案判決があるまで之を取消す

(物件目録詳細) 以上

第二、本件は誠に奇怪なる事件にして尋常普通の事件とは思われ難いものがあるので幾重にも慎重なる御審理を仰ぎ度き希望を有するものである即ち被申立人等は訴外富士商事株式会社その他の者等と共謀して最近に至りて本件不動産を不正に領得せんと企図するものなるが、或は右梶田秀夫は最初より前記申立人今井康夫文子を欺罔して本件不動産を騙取せんことを計画して居たものならんと思料するに足る不可解なる事項が沢山存在するので本案訴訟に於いては人証その他の方法によりて充分立証し得るが仮処分事件としては其の疎明方法充分なるやも計り難いが大局に於いて本件不動産の現状を変更せざることに付き、何人にも格段なる損害が生じ得ざるも万一その損害ありたれば金銭を以つて賠償し得るも若しや本件不動産を被申立人等の占有に移して之を放任するなれば本件不動産をば宅地造成して第三者へ切り売りする事によりて後日申立人(仮処分債権者)が本案訴訟に於いて勝訴の判決を得るも其の執行は不能、若しくは著しき困難となり或は金銭を以つては回復すべからざる損害が発生する虞れがある故に是非とも本件不動産を執行吏に保管せしむる必要が差迫つて居ることが現下の実情である

第三、被申立人梶田秀夫は少なくとも昭和三十六年四月下旬頃より慾心を起して訴外人富士商事株式会社と共謀し本件不動産を以つて宅地造成し其の売得金を分配せんことを計り仍りて本件不動産を不法占拠し仍りて昭和三六年五月初旬頃より山林の立木を伐採しブルドーザーを入れて土砂の切開きを始めたので申立人は直に現場工事人夫に其の不都合を責め右工事の中止方を要求したるも断固右工事を続行するので申立人今井康夫は登記簿上の名義人を代表者として富士商事株式会社を相手方として神戸地方裁判所へ現状変更禁止の仮処分の申請を為し御庁昭和三六年(ヨ)第二九九号仮処分命令を得て同年六月三十日神戸地方裁判所執行吏熊谷弥三次をして右仮処分の執行を為したのである

第四、然るに被申立人梶田秀夫は前記仮処分命令の執行せられて居ることを充分認識し乍らも尚、訴外人富士商事株式会社と共謀して申立人今井康夫に無断にて本件山林を宅地造成に実現せんとを計画し以つて昭和三十六年五月上旬より現在に至る迄引続いて本件不動産たる

兵庫区山田町小部字南山弐番の参

山林 壱町七反九畝七歩(以下甲地と称する)

同所 弐番の参拾参

山林 弐畝歩(以下乙土地と称する)

(但し実測弐万壱千弐百余坪也)

右物件の山林内にブルドーザー数台及其の他の機械や人夫等を投入使用して右甲土地の西南部より北東部にかけて巾約四米延長約弐百米の土地を堀り崩して道路を新設し或は右甲土地の略々中央部の西北より東南に亘りて巾約三米半長さ約十三米位侵入して巾約三米半延長約三十五米の石堤を築造し亦右乙土地に対しても土砂を地盛堆積し以つて前記執行吏熊谷弥三次の占有保管を為して居る仮処分公示札を前記工事の各土地に標示して第三者の占有を排除する意味を掲示してある二ケ所の公示札の周囲に夫々柵を設け、木枝、芝等を以つて之を蔭蔽し其の周囲に土砂を堆積地盛を為し以つて前記公示札を恰も空井戸の中に在る如き状態に置き仍りて前記公務員の施したる差押の標示を無効ならしめたるのみならず尚、前記甲土地と其の西側の第三者所有地との境界は略々東北より西南に流出する小川及び之に接着して並行する県道路の線であつた右小川及び県道路を埋め以つて宅地工事を造成しつゝありて申立人今井康夫所有地の一部を損壊して以つて之が境界の認識を不能ならしむる行為を継続して居るので申立人は同年八月二十二日附を以つて被申立人梶田秀夫、富士商事株式会社、三神土地株式会社、ブルドーザー工事株式会社の四者を相手方として神戸地方検察庁へ不動産侵奪、境界損壊封印破棄事件として告訴を為し根ケ山検事の担任として同年九月一日現場を実地検証を為して前記実情を検認された次第である

第五、本件不動産山林二筆の土地は申立人今井康夫の所有物件なるに被申立人梶田秀夫は自己が買求したと称するのでその所有権の帰属については申立人今井康夫は被申立人梶田秀夫訴外人富士商事株式会社同長谷部邦雄の三名を相手方として所有権確認登記抹消請求事件を提起し御庁昭和三六年(ワ)第五六二号事件として審理中であり亦被申立人梶田秀夫は申立人に対して御庁昭和三六年(ワ)第六七六号事件として審理中なれば不日、何れかに其の所有権の帰属が明白となるものと思料するのであるが其の黒白未定の間に宅地造成によりて寸断に分割して不定多数人に切り売りされたる場合には後日申立人、今井康夫に勝訴の判決が確認されたる場合には回復すべからざる損害と其の判決の執行は不能又は著しく困難となる虞れがある故に現在直ちに宅地造成工事を停止する必要があるので本件不動産は是非とも執行吏に占有せしむるに非ざれば後に善意の第三者へも不測の損害を被らしむるに至る虞れありと思料する故に本件仮処分取消決定は不相当なるを以つて前記申立趣旨記載の如き御決定を求めます

準備書面

第一、抗告被申立人梶田秀夫は本件不動産を昭和二六年四月二八日今井康夫より買受けた所有権者なる故に神戸地方裁判所昭和三六年(ヨ)第二九九号仮処分決定に対して第三者異議の訴訟を提起し神戸地方裁判所昭和三六年(ワ)第六七六号事件として現在審理中であるが右梶田秀夫の主張は事実無根にして本件不動産に対する所有権者ではない故に第三者異議の訴訟を提起する資格を有して居らぬ故に右本案訴訟は却下すべきものである

第二、抗告被申立人梶田秀夫は本件不動産を昭和二六年四月二八日代金八拾参万円にて買求したと主張して居るが右日時に売買契約を締結した事実はない。

(1)  抗告人今井康夫は被抗告人梶田秀夫に本件不動産を代金八拾参万円也にて売買契約を締結した事実は絶対に否認するのみならず其の当時即ち昭和二六年四、五月頃の本件不動産の時価は数百万円にして弐百万円位なれば買手も有りたるものを抗告人は壱千万円以上にて売却し度き希望を持つて居つたのみならず現在の時価金弐億万円位の真価を有するもののみならず単なる代金八拾参万円位にて売却する意思は毛頭無かつたものである

(2)  抗告人今井康夫は本件不動産の売却を急げば安価に叩かれるので其の当時の旧債務の支払に足る程度の金融を得て暫く時期を俟つて金壱千万円以上に処分し度き希望なる故に被抗告人梶田秀夫より金融を受けて其の限度額を金八拾参万円也と定め根抵当権の設定に代えて所有権移転請求権保全の仮登記手続を為したもので売却したものではない。従つて右仮登記手続をした際にも毫末の金円の交付を受けて居らない、此の当時には世上一般の習慣として金融の方法として抵当権の設定に代えて所有権移転請求権保全の仮登記の方法が流行して居つたので抵当権設定を度々すれば金融業者と税務署に認められることを虞れて仮登記が流行した時代であつたから此の方法に従つて右仮登記手続が完了すれば何時にても最高額金八拾参万円迄は容易に金融を受け得るものと確信して右仮登記手続に同意したものである

(3)  抗告申立人今井康夫は前記仮登記手続は根抵当権設定と同様の意味に解釈して居たので自己の小口債権者等へ金融の途が付いた故に近日中に支払する旨の挨拶をしたのに実際は被抗告申立人より毫末の金融を受けられないので度々右梶田秀夫宅を訪問すれば梶田の出店である生田区下山手通七丁目今西商店に番頭の長谷部邦雄が居るので同人に総てを託してある故に同人へ接衝せよとの話にて抗告申立人の実父三五郎は右長谷部邦雄に右事情を説明したが容易に金融を与えられず殆んど閉口して居た際に疏第二号証の書面を示し之に署名捺印すれば現金拾弐万円也を交付するとのことに付き不安乍らも一応右疏第二号証に署名捺印して現金拾弐万円也の交付を受けたのが昭和二六年五月二一日であつた本件不動産に付き現金の交付を受けたのは之れ壱回のみにして梶田秀夫は前記仮登記の日時に現金拾万円を交付したと称するが事実無根であり其の授受した人の氏名の釈明を求めて居るに其の説明すら未だして居らぬものである

(4)  抗告申立人今井康夫父子は右疏第二号証を作成せしめられたので梶田を不安に感ずるに至り其の誠意の有無を確める為めに疏第三号証の書面の文案を作りて被抗告人梶田秀夫に示し最初の口頭契約の内容を明文化することの必要を説明したるに一言の許に快諾されて「確認承諾す梶田秀夫<印>」と自署捺印したので抗告申立人今井康夫父子は梶田秀夫の紳士なることを信頼し却つて番頭長谷部の悪戯位に解釈すると共に右疏三号証の本文の筆跡に物件を表示して山林と家屋とを全面に明記することに依りて前記疏第二号証の家屋の売渡証は仮空のものとなりて其の本質は疏第三号証の示す担保物件の内容となりたることを梶田本人が確認されたので其の日時の前後の関係を観察するも売却したものでないことを確認されたものなれば本件家屋と山林が被抗告人梶田秀夫の所有でないことは明瞭となつた次第である

第三、前記仮登記手続を為すに至りし当事者双方の契約の本質は一種特別なる集合契約(無名契約)にして単純なる売買契約でなかりしことは疏第三号証の確認証書によりて明白にして右契約の内容を区別すれば左記の通り説明することが出来る

(1)  抗告人今井康夫は自己の債務として兵庫無尽講七宮神徳無尽講、山田農業協同組合其の他よりの借用金を被抗告人梶田秀夫が立替代払し其の最高額を金八拾参万円を限度に借用すること

(2)  本件不動産につき根抵当権設定に代えて所有権移転請求権保全の仮登記手続をすること

(3)  右不動産を最高額に第三者へ売却し其の額の決定は双方協議を以つて決定すること

(4)  右借用元金及其の利息の支払時期は相当長期間を予想して最低利率と協定し其の支払期日も毎月とせず本件不動産を売却した時に差引計算すること

(5)  右差引計算の残高を利益と看做して其の一部分を抗告人より被抗告人梶田秀夫へ分配すること

前記各項目につき相互に確認承諾して昭和二六年六月十日附にて証書を作成したものが疏第三号証の「証」と題する書面となりて確認された訳である故に右証書は単純なる売買契約書ではないことを主張する

第四、被抗告申立人梶田秀夫は仮処分債務者富士商事株式会社と共謀して本件不動産の侵奪行為を現在尚敢行して居るものなれば本件不動産の占有を神戸地方裁判所々属執行吏に保管せしむる必要があると思料する

(1)  抗告人今井康夫は被抗告人梶田秀夫及仮処分債務者富士商事株式会社並に宅地造成工事請負人三神土地株式会社及びブルドーザー工業株式会社四名を相手取り不動産侵奪、境界損壊封印破棄の告訴を昭和三六年八月二二日附にて、神戸地方検察庁へ告訴状を提出し現在根ケ山主任検事の担任のもとに捜査中である

(2)  被抗告人梶田秀夫は同年八月五日附にて第三者異議の本案訴訟を提起すると同時に本件仮処分決定の取消の申立を為し仍りて同年九月一日附にて右仮処分執行取消の決定を得て同年九月四日附にて神戸地方裁判所々属執行吏熊谷弥三次をして右仮処分の執行のみの取消を為したものである

(3)  然るに被抗告人梶田秀夫は右仮処分債務者富士商事株式会社と共謀の上にて検乙第一、二、三、四号証に示す如く仮処分の標識自体を破壊することなく附近の樹木を伐つて囲いを為し外観は恰も鳥の巣の如き体裁に造り上げて仮処分標識の効用を滅却せしめて居り以つて封印破棄の犯罪行為を為して居る次第である

(4)  被抗告人梶田秀夫は前記本件不動産を侵奪して自己の所有物件の如く振舞い白昼公然と宅地造成工事を進行せしめ現在は約壱万坪位工事を進行せしめて居る次第にして抗告人より度々右工事の中止方を要望するも何等反省の色なく右不動産侵奪行為を継続して居る

(5)  右宅地造成工事は正当なる手続によらず無許可のもとに公道を損壊し境界線を破損し現在雨期に臨みて附近一帯の居住民より水害の虞れが多分にあるので前記宅地造成工事の中止方を神戸市長へ懇願の意味にて陳情したのであるが如何なる仕組になつて居るのか本件宅地造成工事は着々として進行して居るもので何れも違法行為である

叙上の次第なれば本件仮処分の執行を解除したことが著しき誤りにして雨期に入つて大風水害の為めに多数の人命に損傷を与えた場合には其の責任は果して何人が負担するやの問題は単なる金銭上の問題ではなく社会上の問題にして仮処分の執行取消の結果は誠に虞るべきものが考えられるので至急本件抗告趣旨記載の如き御決定を求めるものである

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